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Episode #024

初夏のきらめく陽光が透明度の高い水の中で万華鏡のように揺らめいて、見上げた先にある水面が一瞬ごとに美しい幻想画を描いている。
その様子を陶然と見やりながら、ふと彼は自分がなぜそこにいるのかを思い出せないことに気がついた。

 

(あれ?私はなぜこんなところを泳いでるんだろう?)

 

ウェディである彼は、当然の如くに泳ぎが達者だ。
流れるようにしなやかな泳ぎを見せて水面に浮上する。水から顔を出した瞬間、眩しい陽光が視界を奪う。

一瞬目を細め、顔についた海水を掌で拭うと同時に再び目を大きく見開く。
見覚えのある浜辺…彼は直ぐにそこがアストルティアで一番の海辺のリゾートであるキュララナビーチであることに気づいた。
季節は初夏だが、ウェナ諸島に降り注ぐ太陽はすでに常夏のそれにふさわしい熱気を帯びている。

 

『トロさ~ん♪』

 

呼ばれた先に視線をめぐらすと、白っぽいビキニに身を包んだねおんが手を振っている。

 

(おおおおおっ!!ねおんちゃんが水着だっ!ビキニだっ!)

 

ねおんの呼び声に「は~い♪」と声を返しつつ、感激で思わず目を凝らす。
そして細めた視線の先に、黒のビキニを身にまとうシャノアールの姿が映る。サングラスを額にそらし、眩しそうに太陽を見上げながら豪奢な髪をすきあげている。

 

(おおおおおおおっ!!!シャノたんまで水着だっ!しかも何だか色っぽいっ!!)

 

シャノアールが見事な肢体を披露しているそばで、パレオを身にまとったミカノがトロに向かって手を振っている。その傍らにはシャツの裾を胸元で結んだぽるかがいて、麦わら帽子が風に飛ばされないように片手でそれを押さえていた。
ユエが黒のやや露出度の高いビスチェを着ていると思えば、その後方ではユズたんとちなちながかき氷を片手にトロの方に向かって手を振っていた。

 

(なになになに!?チームの女の子たちが皆揃ってる~♪しかも何だか皆すっごく色っぽい~っ!!)

 

もはやトロのテンションは沸騰寸前に高まっていた。
両手を激しくふって岸辺の女の子たちの視線にこたえる。声を上げようとした時に海水を飲みこんで思わずむせ返った。その様子が岸辺の女の子たちの笑いを誘う。
まさにハーレムに相応しい光景がそこに広がっていた。

 

(あれ?そういえばこんな素敵な瞬間なのにデボさんの姿がみえないや…)

 

チーム随一…いやアストルティアでも屈指の女好きと思われるデボネアの姿が見えない。
彼がこのような光景を目にすれば、トロ以上にテンションが上がってそれこそ空も飛びかねない。もちろんそれにはけたたましい騒音がつきまとうはず。
それがない。

 

不思議に思ってトロは水をかく手を止め、波間に漂いながら視線をめぐらせる。

デボネアだけではない。
あいあも、しげも、マサキも、ぷみさくも…トロ以外の隊の男性陣の姿が見えない。彼らは何をしているというのだ。このような夢の瞬間を前にして。

 

『トロさ~ん♪早く~ぅ』

 

一瞬思考にふけろうとしたが、ぽるかの声がそれを中止させた。
岸辺では女の子たちがそれぞれ色っぽい水着を身にまとい、トロの到着を今や遅しと待ちかねている様子だ。

 

「いま行く~~~っ!」

 

トロは大きく息を吸い込み、勢いよく頭から水に潜っていった。
岸までの距離はおよそ20m程度。泳ぎが得意な彼にとっては造作もない距離だ。女の子たちの視線から消え、波打ち際から勢いよく飛び上がって驚かせよう。

先ほどまでの様子だと、彼女たちはトロの登場を歓声を上げて迎えてくれるにちがいない。

 

ライバルはいない!今はまさに私だけのハーレムビーチッ!

 

水中でトロが口許をだらしなくゆがめたその瞬間の事である。突如として彼の四肢が何か縄のようなものにからめとられて動きの自由を奪われてしまった。
網目状のそれがトロのしなやかに伸びた腕や足にからみつき、思うように泳ぐことが出来ない。

 

(漁網!?てかビーチに漁網なんてしかけないでよっ!)

 

彼はそれを波打ち際に仕掛けられた漁網だと考えた。
水面ではなく、水中に潜ったのが災いしたと言えるだろう。とはいっても多くの海水浴客が泳ぐキュララナビーチで漁をするのはどうかと思われる。

 

(ちょっと監視員さんに抗議しなきゃね…)

 

そう言いながら冷静に絡まった網から腕を抜き取ろうとした次の瞬間、今度は網が力強く上方へと引き上げられていくではないか。

 

(ちょっとちょっとっ!うわわわわっ!)

 

思わず息を漏らす。
吐き出した空気が大きな気泡となって海水にはじけていく。その瞬間も網はぐいぐいと引き上げられ、それにからめとられる形でトロの身体も上へと引き上げられていく。

 

『うぇ~い!大物がかかってるぞ~♪』

 

シャノアールの声がする。
水から引き揚げられた瞬間、トロは先ほどと同様眩しい陽光に思わず瞼をぎゅっと閉じる。
どうやら仲間たちが漁網ごとトロを引き上げてくれたらしい。少しかっこ悪い登場になってしまったが、下手をすれば水底で溺れることも考えられたのだから、これはこれでありがたいというところだろう。

 

礼を言おうとした瞬間、トロは自分が言葉を発せないことに気づいた。
それだけではない。手足の感覚がない。視界の端に見えるのは見慣れた自身の手足ではなく、大きな魚の尾びれだった。どうしたことかトロは巨大な魚に姿を変えられていたのだ。

 

『私、赤身の刺身が食べたいな~♪』

 

ミカノが嬉々とした声をあげて長剣を鞘走らせた。そこに顕れたのは闘争用の剣ではなく、巨大な出刃包丁だ。

 

(やめて~!私ですっ!ミカリンっ!)

 

懸命に悲鳴をあげるが声が出ない。水揚げされた巨大なマグロが口をパクパクと開くのみだ。

 

『私は白身の魚が好きなんだけどな~』

 

『ぽるぽる…』

 

『ん?どしたのユエちゃん?』

 

『ちょいとアレの内臓引きずりだして、塩漬けにしてみるとかどうだろう?』

 

『お~!塩辛!?そういえば食べたことないね』

 

『バラ身はちょいと爆炎であぶってみよう』

 

『おっ!それイイね。マグロの油は上質の牛肉にも引けを取らないらしいしね!』

 

ユエとぽるかが口許をにやりと歪ませているとシャノアールまでがそれに便乗してきた。

 

『霜降りをちょいとメラミでローストしようぜ♪』

 

トロは必至で身をくねらせて逃げようとするが、漁網の一部が引っかかって身動きが取れない。それだけではなく、いつのまにやら自身は巨大なまな板の上に寝かされており、周囲をぐるりと隊の女性陣がとりかこんでいるではないか。

 

『お寿司の用意出来ました♪ネタをよろしくおねがいしま~すっ』

 

ねおんの嬉しそうな声が響く。ユズたんやちなちな、クーニャンまでもが箸と小皿をもって今や遅しと垂涎の様子だ。

 

『それじゃ捌きますね~♪』

 

ミカノが巨大な出刃包丁を頭上に掲げる。

 

(やめて~~~っ!さばかないで~~~っ!!)

 

『ええかげんやかましいわっ!』

 

ユエの怒声が響き、次の瞬間トロの視界は白熱に包まれた。
ホワイトアウトして意識を失うトロ。

 

『どひ~っ…ノーモーションでメラゾーマってユエちゃんえげつない…』

 

『問題ない。多少の手加減はしておいた。死んではいないはず』

 

『あらあら…トロさん、酔っぱらって寝ちゃったかと思ったら盛大に寝ぼけましたね』

 

ミカノがプスプスと白煙を上げるトロを見ながらクスクスと笑う。『大丈夫、生きてますね~』と笑顔のままトロの生存を報告する。

 

『寝ぼけて蚊帳に引っかかったかと思ったら、じたばたぎゃーすかやかましいねん』

 

『最初はなんだか幸せそうな声をあげてたけどね』

 

デボネアはそう言って酒杯を傾けた。
その日、隊員の有志でジュレット海岸に出かけ、そのままの流れでバーベキューを行っていたのだ。
トロはいつものように嬉々として酒杯を重ね、気がつけば酩酊して近くに設置された蚊帳の中で横になっていたのだが…

 

『酒に酔って寝ぼけるのも大概にしとかないと、きつーいお灸をすえられることになるってやつですな』

 

あいあがぴくぴくと痙攣するトロをしり目に誰にとはなく呟いた。
 

遥かな水平に巨大な太陽が、橙の陽光を水面にきらめかせながら沈んでいく。

ある初夏の夕べの出来事であった。

 

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