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Episode #023

ウェナ諸島は水と風の精霊の影響を強く宿し、ジュレットの街では一年を通して泳げるほどの温暖な海流が流れている。
夏ともなれば浜辺の楽園とも言われるキュララナ・ビーチには、アストルティア各地から多くの観光客が訪れ、浜辺にはリズミカルな音楽が流れ、色とりどりの水着と嬌声に包まれて賑わいを増す。
俺の住処があるアズランや、隊の拠点があるメギストリスでは吐く息が白く宙を揺蕩うこの季節にあっても、海洋都市を行きかう風はかすかに温かさを残していた。

 

海洋都市ヴェリナード。
ヴェリナード王国の中枢を成すこの都市には、流麗かつ荘厳な白亜の王城が中央に鎮座し、強固な城壁の内部に円筒状に住宅地が広がり、その合間を埋める水路には澄み切った水が流れている。
ウェディの王国でもあり、水の都市に相応しい景観がそこにあった。

 

現在ヴェリナード王国は女王ディオーレが統治し、その在位は20有余年を数える。ラーディス王以降女王による統治を布いてきたが、現在王家には姫はなく、王位継承者はオーディス王子ただ一人だ。
それでも国民の王家、王子に対する信任は厚い。先だって王子の謡う恵みの歌がこの国に新たな脈動の火を灯していた。

 

オーディス王子が恵みの歌を謡うにあたっては、密かに俺も一枚噛んでいるのだが、それを御大層に誇示するつもりは毛頭ない。
俺はあくまで影の功労者の一人であり、えてしてそうした陰徳は秘めてこそ評価されるものだ。

堂々と光のあたる王子の横にしゃしゃりでて、無駄な反感を買うのはばかばかしい。

 

「皆おっそいなぁ…日にち間違えてんじゃねぇかな」

 

ヴェリナード城の2F。大階段の一番下に腰かけながら俺は小さく呟いた。
城内を行きかう女官に軽く声をかけてみるが、得られるのは柔らかな笑顔のみだ。

今度オーディスに合コンでも開いてもらおうか。無駄にイケメンだから何とかなるだろ。王子に余計な傷をつけるなって言われるかな?ディオーレ女王に睨まれるのは面白くないな。はてさてどうしたものか。

 

『ごめんなさい…遅れちゃった?』

 

思考に耽っていたせいか、俺はシェルが階段を上がって声をかけてくれるまで全くその存在に気づかなかった。
金色に縁どられた瀟洒な絹服を身にまとい、明るい栗色の髪が肩口で揺れている。

 

『おつかれさまです。間に合ったかな?』

 

次いで姿を現したのは赤褐色の短髪の戦士だった。楡の大樹のように鍛え上げられた長身から野生の獣がもつような秘めた躍動感が感じられる。

 

「シェルさん、ぷみさん、いらっしゃい。集合場所は3階のバルコニー前で。上でデネブが一人で暇つぶしてるはずだから先に上がって待ってて~」

 

言い終えると同時に桃色の髪をゆらせた小柄な女戦士が階段を駆け上がってきた。

 

「おお…アトちゃん、時間ギリギリだよ!」

 

『ゴメン…ちょっとピラミッド探索に時間がかかっちゃって…』

 

「えぇ!?一人でピラミッドの内部を探検してたん?」

 

『うん。まだ途中だけどね』

 

俺は言葉を失った。ピラミッドは数多くの罠が仕掛けられ迷宮と化した階層と、呪われた魔物たちが蠢く階層とに大きく二分される。
アトムが探索に行っていたのは迷宮層。熟練の冒険者であれば迷宮の探索もそれほど驚きではないが、なんといってもアトムは迷子の代表格だ。決定的に方向感覚に乏しいはず。それが複雑に入り組んだピラミッドの迷宮層を単身で探索しているなど、少し前では想像すらできなかった。

 

「アトちゃんがピラミッドの中を探索ねぇ…もう迷子扱いはできないね」

 

『ぶいっ!!』

 

誇らしげにピースサインを突き出すアトム。何だろう…この敗北感は。

 

『ごめん、デボさん。遅くなっちゃった』

 

『おまたせです~!』

 

ぽるかとアンチェインがあらわれる。続々と姿を見せるメンバーたち。時刻は待ち合わせの5分前。結局皆、時間をちゃんと覚えてたってことか。

 

「ぽるちゃん…アトちゃん、ピラミッド一人で探索できちゃうんだって」

 

『えっ!!?ピラミッドってレンダーシアの?迷路の方?』

 

『そうそう。もうだいぶ迷わなくなったよ』

 

『そ、そんなバカなっ!!』

 

迷子の双璧と称されるぽるかの受けた衝撃は俺の比ではなかったかもしれない。
絶句するぽるかをみて、少しだけ安心する。そうそう。ぽるちゃんはずっと迷子でいてくれればいいのです。

 

「リリちゃんがいたら、うっかりも二分できるのにね」

 

『うっかりでリリちゃんには敵いません…そうか…リリちゃんがいれば迷子も一人にならなくても良かったのに…リリちゃんめっ!』

 

踊るように階を昇るアトムに対し、アンチェインに引きずられるようにして茫然自失のぽるかが続く。
隊で屈指のリアクションの大きさというと何と言ってもらきしすだろうが、ぽるかのネタ芸人っぷりも蛍雪に冠絶すると言って良いだろう。

 

『安心して下さい。はいてます』

 

意味不明な一言を発しながらシャノアールが姿を見せた。普通に挨拶が出来ないのだろうか、我が師匠は。
シャノアールと同じくしてあいあ、ユズたんが続いている。

 

「シャノ、エリちゃんは?」

 

『ん…エリな…詰所の炬燵でつっぷして寝てた。頑張って起こしたけどどーにもこーにも起きる気配がないからほってきた』

 

「あちゃ…エリちゃん…らしいっちゃらしいか。あとは…ユエちゃんは?」

 

『昨日、毒の沼地の様子を見てくるって言うてたけど…』

 

「毒の沼地…ありきたりに魔物討伐とかじゃないよな。なんや変な研究でもしてへんやろな…」

 

思わずシャノアールと目を合わせて二人でははは…と乾いた笑いを洩らす。
おそらくシャノアールの脳裏にも同じようなビジョンが浮かんだのだろう。毒の試験管を前にニヤリと不穏な笑みを浮かべるユエの姿が。

 

『ちなさんはちょっと具合悪そう。少し前に隊にしばらく静養するって連絡があったみたいだよ』

 

あいあの言葉で俺たちは現実に引き戻される。
ユエが狂える科学者となってしまったかどうかはまた後日、本人に直接訊けば良い。

 

『そっか…ちなちゃん、心配だね』

 

「ん~…あとはトロさんとチアロさんってとこか。他の皆はバルコニー通路に集まってると思うよ」

 

『えっと…りょうも連れてきて良いです?』

 

ユズたんが控えめに訊ねてくる。もちろん断る理由なんか欠片もない。二つ返事で快く了承する。

 

「ま、トロさんとチアロさんもおいおい来てくれるだろ。タ~さんとらきちゃんは用事で来れないって連絡あったし、フェロさんは…釣りにでもいってんのかな?」

 

『ミカノさんは?マサキさんはどうでしょう?』

 

『ミカノさん、少し前にその日はどこかの王族との会食が入ってるとか言ってたかも…』

 

「王族と会食!?ミカノさんってどこに向かってんねん」

 

『はは。才媛にはいろんなところから引手数多ってことだよ』

 

「ん?じゃシャノには?引手数多ってこと?それとも…」

 

『うっさいよ。一回ここから飛んどきたい?』

 

「結構です!」

 

『マサキさんは…ちょっとまだ来れないかもしれないね』

 

そのままの流れで談笑しながら階段を上っていく。
磨き上げられた大理石の階を手入れされた燭台の灯りが朱く照らし出していた。

 

『お~!結構集まってるね』

 

恵みの詩を謡うバルコニーへと続く回廊は蛍雪のメンバーであふれていた。
そうこうしている内にトロとチアロも合流し、回廊をいく他の冒険者からの問いかけるような視線が痛い。

 

「おー!そんじゃ皆で記念撮影すんでー!」

 

『折角だから皆で踊ってみるのも面白いんじゃない?』

 

「じゃサイクロンでもやっちゃう?」

 

『いいね。ドラザイルとして売り出しちゃう?』

 

『アン、それはないから…』

 

『あ、りょうってばまだ踊れない!』

 

『いいよいいよ!先頭で座って不動のセンターで』

 

『はいはい!背の順に並んで~』

 

『あっ!デボさんが私のおしり触った~!』

 

「違うよ!それはあいあさん!」

 

『なぬっ!?』

 

「俺はまだぽるちゃんとシェルさんのしか触ってないっ!」

 

『通報通報っ!』

 

『もうね…たいていのことには驚かないというか何というか…』

 

「や~~め~~て~~~っ!!」

 

平素は王国を穏やかな風が流れ、恵みの詩が海流に宿り豊穣をもたらす海洋都市。
その日は俺たちの歓声、嬌声、笑声が弾け、それは大空が茜色に染まり、その後幾星霜の星々が瞬く頃になるまで続いた。

 

とある冒険の寄り道。
冬のある日の出来事だった。

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