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Episode #020

燦々と照りつける夏の陽光。
その日、俺は仲間と共にキュララナビーチを訪れていた。
目的は冒険者教会が行うというイベントに参加するためであったが、俺の目はもはや別のものに奪われている。

 

水辺に群れ集う水着の女たち。この際男は視界に入らない。
セクシーなツーピースもあれば、今年流行のフリルビキニもある。色とりどりの水着姿ではしゃぐ様子が太陽以上にまぶしく映る。浜辺を埋め尽くす黄色い嬌声にもはやイベントなどどうでも良くなっていた。もしこの時の脳内映像が周囲にばれでもしたら、即GM部屋に収監間違いなしだ。

 

視線を隠せるオーシャングラスを持ってきていて本当に良かった。

 

実は俺は協会主催のイベントが苦手だ。
よほどのことがない限り自ら進んでいくことはない。アトムやぽるか、そういった面倒見の良い仲間たちが誘ってくれて初めて重い腰を上げるのだが…

 

(このイベントに去年来なかった俺をぶっとばしてやりたい…)

 

俺が悔恨にうめいていたまさにその時である。
不意に浜辺の一部から異質な悲鳴にも似た叫び声が上がった。

次いですさまじい勢いで吹き上げる水柱。
協会の運営委員たちが血相を変えて駆け寄ってくるのが見えた。どうやら何かハプニングが起きているらしい。

 

『デボさん、大変だ…!エレナたんがっ』

 

当初、野次馬根性よりも眼前に広がる素晴らしい景色に眼福を肥やすことを優先していた俺だが、喧噪の中からトロが走り出てきたところで事態は急変する。
 

どこの馬の骨ともしらない連中の狂騒であれば放置するが、それが大切な仲間の一大事とあらば話は別だ。飲みかけの酒杯もそのままに俺はトロに促されるまま疾走を開始した。

 

真っ白い砂浜が足元をすくい、思うような速度で走れない。

 

「トロさん、一体エレナさんがどないしたん!?」

 

『イベントで流れ着いた宝物の中に、強力な呪いがかけられた呪物が紛れ込んでたみたい。うっかり装備したエレナたんが強烈な混乱の呪いにかかっちゃって手が付けられない!』

 

「んなもんパッとツッコミ入れて、正気に戻ったところで解呪すればえんちゃうん?」

 

『相手はエレナたんだよ…!ツッコミに行ったタータンがさっき返り討ちにあって今医療班に運ばれてる…!』

 

「!!?マジか…」

 

何とも間の抜けた話に聞こえるが、相手がエレナとあってはトロの緊迫の様子もうなずける。
あの軍神の矛先が自分に向けられたとしたら…おおぅっ、想像するだけで背中が粟立ってくる。バラモスやガイアを相手にしている方がよほど気楽だ。


凶行の現場から逃げ出す流れに逆らって、トロと二人で人ごみをかき分けて水辺に向かう。

 

(おおっ!こ、これは…!!)

 

皆が水着を着た状態で密着してすれ違うため、行きかうだけで結構刺激的な状態になる。柔らかな人波がなかなか肌に心地よい。夏のキュララナビーチって素晴らしいっ!!
 

時折チャラい水着に身を包んだ男どもの群れにもかちあったが、何とも貧乏くじを引いた気分になった。

 

(男が群れて走ってくるなよっ!男だったら雄々しく戦場で華と散れっ!)

 

要するに男が邪魔なだけであるが、それは今はどうでもよろしい。

 

「うげっ…これは凄まじいな…」

 

柔らかな人波を抜けた先、ぽっかりと人気の無くなった浜辺にようやくたどり着いた俺は、想像を超える様子に言葉を失った。

 

膝上…腿のあたりまで水につかった状態で、1mほどの流木を2本手にした水着姿のエレナさんが佇んでいる。
 

純白の色っぽいゴージャスビキニだ。しなやかな肢体が水滴を帯びてなかなか見事な色気を放っている。

 

が、さすがの俺もエレナの艶気にとろけている余裕はなかった。
周囲の水辺には彼女に返り討ちにあったのであろう男衆が両の手で余るほどぽっかりと水に浮いている。おそらく意識はあるまい。

 

土左衛門さながら波間を漂う犠牲者を救出するのに手を取られ、運営の係員もエレナ当人の処置に手が回らない。

 

「これは…俺たちで何とかするしかないようだな」

 

『う、うん…これ以上犠牲者を出しちゃいけないね』

 

『仕方がない。私も協力するよ』

 

いつの間にかトロの傍らにあいあが来ていた。

 

「あいあさん!心強いです。よかった…さすがに二人じゃ敗色濃厚…。今日はアトちゃんと一緒に?」

 

『うん。ナビってきた』

 

「んで、アトちゃんは今どこに?」

 

かつて暴れん坊と呼ばれ、隊の切り込み隊長として名をはせたアトムが入ればさらに戦力は強化される。そのことに期待して所在を聞いたのだが、あいあは苦笑を浮かべて首を振った。

 

『この人ごみと特徴のない景色だよ…アトムがはぐれずにいられるわけないじゃん…』

 

『そ、それもそうか…』

 

トロががっくりと肩を落とす。
残念、アトちゃんの水着姿を見るのはお預けか…。

 

「よし!編隊を組んでエレナさんを同時に襲おう。三方から同時に襲えばさすがに何とかなるに違いない」

 

『惜しむらくは四方じゃないところだね…あと一人いれば…』

 

「んむ…でもそんなことは言ってられないのはわかるよね?」

 

『うん…』

 

「こんなチャンスはそうはない。今ならエレナさんを半強制的に押し倒せる。しかも水着のエレナさんを…だ。今、まさに我々は千載一遇のチャンスを目前にしているんだ…!」

 

『!!?…そ、それは…!?』

 

「軍神を押し倒すチャンスだ。俺はこれに命を懸ける!」

 

『私も懸ける!ここで引いたら男じゃない』

 

『た、たしかに。生身のエレナたんに触れられる機会なんて、もう二度と巡ってこないかもしれないね…』

 

俺の声にあいあとトロが順を追って賛同を返す。
ふっ、さすがに俺が見込んだチームメイトだぜ。

 

『俺でよければ力を貸しますよ』

 

『アンディさんっ!』

 

いつの間にやってきていたのか、アンディが傍らで笑顔を浮かべていた。黒いサングラスを額にかけて、紅い膝丈の海パンを腰履きにしている。
憎らしいほどのイケメンっぷりだ。

 

「アンディさん…でもええん?アンディさんにはねおんちゃんが…」

 

『仲間のピンチです。俺だって蛍雪之功の一員だ…。指をくわえてみているわけにはいかない。それに…』

 

「…それに?」

 

『エレナさんには、ねおんにはない色気があるっ!』

 

「!!!!」

 

『!!!!!!!』

 

「…同志よ、君の覚悟に俺は敬意を表するよ」

 

『よして下さい。そんなの照れくさいじゃないですか…』

 

『よし、行こう!私たちでエレナたんを救うんだ』

 

トロが決意の鬨をあげ、他の三人が声をそろえてそれに応じた。握りしめた4つのこぶしが一つに突き合わされる。
その声が見事に調和している。仲間と意識を結集させて事に臨む。その昂揚感が今まさに心地よい。

 

「いくぞっ!フォーメーションE!エレナさんを押し倒せーっっっ!」

 

『『『おうっ!!!』』』

 

号令の元、俺たちは疾走を開始した。
重装備がない俺たちの動きは、通常の戦闘時よりも遥かに捷い。が、それを妨げるのが波打つ海水だ。足首程度までならさほど大きな障害にはならないが、エレナの位置する膝丈以上ともなると中々そうは言ってられない。

 

混乱状態にあるエレナの視点は虚ろに宙を彷徨っている。
戦闘時に彼女が張りつめている警戒の糸が感じられない。これならなんとかなるんじゃないか。

 

散開した仲間たちも巧みに位置取りを変えつつ、素晴らしい動きを見せていた。
手にした流木に返り討ちにあうことがあっても、他の誰かがエレナを押し倒すことができるに違いない。

 

(いっけぇええええっ!)

 

エレナの注意を引きすぎないように、敢えて掛け声を抑えて挑みかかる。
しかし、まさにその瞬間、エレナが眉ひとつ動かさず、両手の流木を高らかに突き上げた。

 

ランドインパクト!

 

4人がまさに宙に身を躍らせんとした直前、エレナの流木での一撃が大地をつかむ。
凄まじい衝撃波が突き上げ、海水もろともに巻き上げられて俺たちの体は宙を舞った。

エレナの周囲だけ一瞬海水がすべて干上がり、真っ白な砂底が露わになる。

 

大量の水と一緒に叩き落された俺は、瞬きほどの間ではあるが天地の感覚をなくしてエレナを見失う。
視界を廻らせて再びエレナを認めた時には、彼女は再び両手の流木を天を突き刺すように突き上げていた。

 

(そりゃないよエレナさんっ!!)

 

まさかの追撃、ランドインパクト2連発を受けてあいあとアンディが波間を漂う土左衛門と化す。おそらく直撃を受けてしまったのだろう。
 

てか流木なのにハンマーですか?しかも流木なのにこの威力ですか!?

 

同様にかろうじて意識をつなぎとめたトロも同じような表情を浮かべている。
戦意を喪失しかねない軍神との実力差。もはやエレナの柔肌がどうこう言ってられる余裕はない。

 

一度引いて応援を募ろうとしたまさにその瞬間、エレナが流木を構えたまま身をかがめる。
気力を充填し、地脈を流れる大地の力の上に衝撃を乗せる…。これってもしかして…

 

プ、プレートインパクト!!!?

 

ランドインパクト2発でも瀕死の状態にされてるのに、そんなの喰らったらマジで死にますっ!土左衛門もどきじゃすみませんっ!確実に昇天させられるっ!

 

一瞬にして走馬灯のように脳裏に光景がよぎる。

 

冒険者、混乱中の水着の仲間を押し倒そうとして返り討ち昇天!
スケベ心にご用心!真夏の浜辺の乱痴気騒ぎ。冒険者2名衝撃の溺死。

 

アストルティア新聞の三面を賑わす自分の記事。
旅の恥はかきすて、とは昔から言うけれど、旅人の恥を書き捨てられてはたまらない。


死を覚悟したまさにその瞬間、エレナの背後に水中から現れたユエが街で肩を叩く気軽さで、ぽんっとツッコミを入れた。

 

『エレさん、んなとこでデボなんかと遊んでないで、アトちゃんと向こうの浜辺で泳ごうよ』

 

『…!?あれ?私…?』

 

ユエが指差す先に、浮き輪に乗ったまま波に揺られて遊んでいるアトムの姿が見える。
童心にかえってわ~いとはしゃぐ姿が、死を覚悟した俺からすると同じ浜辺の出来事に見えない。

 

『…ええっ!?だから…キュララナビーチっ!ぽるか、一体どこにいるの?どこ?ってこっちが聞きたいわよ!えっ?ベロニャーゴ?ぽるか、それって猫島行っちゃってるじゃないっ!』

 

陸地で誰かと通信しているリリアの声が聞こえてきた。
おそらく相手はぽるかだろう。

 

エレナが正気を取り戻したことからくる喜びか、彼女を押し倒せなかったことへの失意か。
はたまた目前にせまった死を免れることのできた安堵によるものか。

おそらくそれらのすべてが一緒になった脱力感で、俺は仰向けに海へと倒れこんだ。
 

冷えた海水が全身を包む。浮き上がった先で目を細く開けると、澄み切った蒼穹に純白の積乱雲が浮かび、その傍らから真夏の太陽が顔を出していた。
唇をなめた舌先に、海水がぴりりと塩辛い。

 

(これだからイベントって好きじゃないんだ…)

 

イベント嫌いを痛感したある夏の日の出来事であった。

 

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