Episode #014
漆黒の空に天高く星が瞬いている。不夜城メギストリスは今日も行きかう人の喧騒や酒場の賑わいで忙しない。
メタル狩りを終えた俺は、ほどなくしてミカノ、ヒロゆうと別れ、隊の詰所でシャノアールと談笑を交わしていた。
思えば二人で話すことも久々のような気がする。芳醇な香りを醸すメルサンディの白チーズを肴に、オルフェア産の山ぶどう酒の杯を重ねる。かつて共に歩んだ戦場の思い出話、隊員のこと、間抜けな失敗談など。
気がつけば数本の空き瓶が床に転がっているありさまだ。
「おや、ご両人。今日も無駄に元気そうだね」
討伐行を終えた帰りであろうか、詰所のドアを開いて現れたのは長身の女剣士…エレナだった。切れ長の瞳がいたずらっぽく微笑んでいる。
肩の荷をおろしながら守衛にいくつかの要件を告げ、流れるような動きでシャノアールの酒杯をぐいっとあおった。今日の仕上げの一杯…といったところか。
「今日はどっか行ってたん?ギルザッド?」
「いや…今日はちょいと野暮用でね。昔の馴染みとピラミッドに行ってきた」
ピラミッド…。
レンダーシア大陸のアラハギーロ地方にそびえる古代遺跡の一つだ。このほど第9層が新たに発掘され、日夜腕に覚えのある冒険者たちが内部の探索を行っていると聞く。
「9層はどうなん?」
「あれはいいね。なかなか楽しいよ」
エレナの瞳に挑発的な強い光が宿る。彼女の技量であれば、兇悪な古の魔物が徘徊するという第9層であっても十分に討伐が可能なのに違いない。
むしろそういった危険な場所にあってこそ、彼女の真価が発揮されると言っていい。
自身との実力差に一抹の嘆息を感じたが、一方でふと思い出した件があった。
「シャノ、エレナさん。これ行かない?」
俺とシャノアールの座っていたテーブルに腰かけるエレナを傍目に、ごそごそと俺は自身の荷物の中から一巻の討伐指示書を探し出していた。
記されたモンスター討伐局の落款はS。それはアストルティア冒険者協会が認める魔物の危険度ランクを示している。
討伐対象はキラーマジンガ。
こちらも近頃発見された新種の魔物だ。古に滅んだとされる魔装機の生き残りとも言われているが、古代兵器の復活が暗躍する悪魔の軍勢の仕業か、はたまた別の何かの陰謀なのかは今のところ判然としない。
いずれにせよ厄介な話だ。
Sクラスというと先般の討伐レーティングの見直しで若干ランクダウンしたとはいえ、キングヒドラに並ぶハイクラスの魔物だった。
「いいね。行こう」
にやりと笑うエレナ。シャノアールが笑って俺の方を小突く。話はまとまったようだ。
残る一人は…。
「ユエちゃん、行こう」
俺は詰所の奥で、一人素麺を食べている女性を見とめて声をかけた。
蠱惑的な紫紺の瞳を長い睫が覆っている。白磁のような滑らかな頭部を豊かな紫銀の髪が軽やかに包む。やや妖艶な色香が漂う痩身の魔剣士だった。
「ほえ?」
帰ってきた言葉は妖艶とは程遠かった。
ユエはエレナの旧知で近頃チームに加入したメンバーの一人だ。実力は折り紙付。軍神との声も高いエレナが背中を預ける存在といえば、自然俺などからすれば雲の上の存在に近い。
「なんで素麺なんか食べてんの」
シャノアールが笑声交じりに問う。時間は22時を回っている。なるほどこの時間に食べる食べ物としてはやや意表をついているかもしれなかった。
「最近ちょっとお腹が痛くてね。でも喰わんと動けない」
動かなくて良い時間だというのは余計なお世話なのだろう。俺は賢明にも出かけた台詞をぐっと飲み干した。
「マジンガ行くよ」
「ん…」
たったそれだけのやり取りで、ユエは意を決したようだ。
傍らの両手杖を手に、形の良い薄い唇をナフキンで拭う。
「構成は…物理?魔法?」
問いかける俺にエレナが「どっちでも」と笑って返す。この余裕。
「じゃ、俺とシャノが爪で前衛。ユエちゃんは魔戦でミドルバック。エレナさんは僧侶をお願い出来るかな?」
強敵討伐のもっとも重要な要は隊の生命線を握る僧侶。そこにエレナを据える。
火力の優劣は前線2人とミドルバックとのコンビネーションが左右する。ユエとは初合わせではあったが、シャノとは長く共に戦場を歩んできている。暗黙の呼吸もわかるつもりだ。
前衛2人の連携が正しければ、中列のユエの自由度は格段に増す。これでダメならそれは俺の力量が足りないせいと諦める他ない。
善は急げとばかりに慌ただしく旅装を整えて、早速出かけることになった。
目的地はドルワーム王都から北へ数時間の場所だ。睡眠は大陸横断列車のなかで摂るとするか。今からメギストリスを出て、夜明け頃にはドルワーム王国につけるだろう。
「明日は忙しくなるぞ~」
「夜更かし厳禁…ご協力ください」
シャノアールの明るい声。ユエは最後の素麺をすすり上げると、行儀よくごちそうさまと手を合わせた。
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翌朝、空が白み始めた頃に俺たちはドルワーム王都に到着した。
眠い目をこすり、重い身体を引きずるようにして駅を出る。古代の装置が町のそこかしこに残るドルワーム王都は正直言って苦手な街だった。
何がドアで何が壁なんだかイマイチわかりにくいんだよな…
郊外で移動のための駱駝の隊商を雇う。目的地である山岳地帯のふもとまではそれで行くことが出来るはずだ。
ドルボートに乗るのは山岳に入ってからでもいいだろう。
「あ、しまった。聖王忘れてきちゃったよ…」
シャノアールが舌打ちをする。聖王の爪、魔装機系にやや効果があると言われる高位の武具だ。
「ま、いっか。デボ製竜王で」
「しらんぞ、そんなもんが役に立つか」
シャノアールが腰間の武具を叩き、悪戯っぽくニヤリと笑った。
「エレナさん、マジンガ相手にどう立ち回ればいい?」
雑談をほどほどにして、俺はエレナに水を向けた。
エレナが僧侶として後衛を固めてくれているおかげで、討伐の成功率は格段に高くなっているはずだ。しかしながら油断は禁物。前衛が作戦もなく跳ね回ってはどんな優秀な冒険者であっても壊滅は避けられない。
「まず魔法陣を布いてユエがマジンガの気を引いて。前衛はマジンガの両脇を固める感じで出足を鈍らせて。ユエに集中するまでは特技は控えてね。集中したらユエは引きつつ自由に。前衛二人は壁の要領で火力集中」
「マジンガは仲間を呼ぶことがあるけど?リペアすることもあるよね」
過去にマジンガの討伐歴があるシャノアールが質問を重ねる。
「まずは集中して倒すことが肝心。リペア個体は打たれ弱いからその場合はそっちに火力集中。大丈夫、あわてなくても結構脆い」
「耐性強制解除(フォースブレイク)は?」
「ある程度自由でいいと思うよ。タイミングは前衛で合わせて」
「うぃ」
未知の領域だったキラーマジンガ討伐のイメージがパズルのピースが合わさるように出来上がっていく。
エレナはオーケストラを率いるコンダクターのように指示を与え、その中でシャノアールやユエの経験則で様々なプランが肉付けされていく。
廃墟と化した古代迷宮でキラーマジンガを発見した時には、俺の頭には既に討伐までの青写真が出来上がっていた。
「デボ、いくよ!」
言うや否やシャノアールは猫科の猛獣を思わせるしなやかな動きで飛び出すと、キラーマジンガに向かって疾走を開始する。
マジンガの無機質な紅蓮の眼球が動きを止め、肩部や腰部のギミックが慌ただしく動き出して臨戦態勢を整えていく。
ギィィィィン!
シャノアールと俺の竜王の爪がマジンガの表面に深い傷をつける。だがしかし、内部には一切のダメージを与えていないことは明白で、両腕の武器がめまぐるしく宙空を旋回する。
とっさに剣戟を避ける体勢を整えるが、高らかに掲げられた武器は俺たちのもとへとは下りてこなかった。
マジンガの頭部がまっすぐにユエに向けられている。
マジンガの胴部に身を預けるように接戦を繰り広げながら視界の端で彼女をとらえた。既に大地に赤く魔法陣が光芒を放っている。魔法陣の放つ光が魔物の目にどう映っているのかはわからないが、すでに前衛2人の存在など眼中にない様子だった。
傍らのシャノアールと視線が交錯する。
まばたきだけでうなずきあうと、同時にステップバックして激しい連撃を加えた。間髪入れずにユエの魔力付与が俺たちの武器に燐光を燈す。
(さっすが、いい仕事してくれるわ!)
Sクラスの魔物に狙いを定められることなど意に介していない落ち着きようだった。
ユエは滑るような足取りで魔力付与を行い、キラーマジンガをあざわらうかのようにギリギリの距離をかすめては安全な位置まで退いていく。
「あんまり距離つめすぎると危ないよ。十分な余裕をもっておいて」
防御障壁の詠唱を終え、前衛のHPをフォローしつつエレナが冷静に指示を出す。
自身は巧みにキラーマジンガの剣戟が届かないギリギリの位置をキープしている。まったく戦場が俯瞰で見えているとでもいうんだろうか、この人は。
「もしくは目が4つあるとかだよね、絶対!」
言いながら繰り出した俺の連撃は、キラーマジンガの右腕に深刻なダメージを与えていた。間接部から濃紺色の粘液が飛び、擦過音を立てながら動きを止める。
繰り出された左腕の曲刀をシャノアールの武具がはじき飛ばす。巧みに力点をずらされて曲刀が虚しく宙を切る。
たたらを踏むように上体がおよいだ魔物の腰部にシャノアールの渾身の一撃が叩き込まれる。
「気楽でいいや~!」
金色の髪が踊るように宙を舞う。この乱戦の最中にあってシャノアールはスリルを楽しむように縦横に爪を振るっていた。
(シャノも最近後衛に回ることも増えてきたからな~。敵だけに集中すれば良いってのが久々なのかね)
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「開幕、抜けてもイイから思いっきり敵にくっついてみて。あとパサーはいらないかな。かえって隙ができちゃうかも」
迷宮の一角。
最後のキラーマジンガの討伐を前に、エレナによって作戦の微妙な調整が行われる。
俺を含め、彼女に対する仲間の信頼は絶大だ。既にこの日数体のマジンガ討伐を済ませていたが、それでもなお仲間を危険にさらす無駄をそぎ落とすことに余念がない。
しかもSクラスの敵との乱戦の中で、まったく呼吸に乱れがない。かつてヘルバトラー討伐の際も、返り血一つ浴びない様子に戦慄したものだが、職を変えてもやはり底が知れない。
「生命線を預かる僧侶がそうそう攻撃をくらってちゃ話にならないよ」
エレナはそう言ってふふっと笑った。
(それが一番難しいと思うんですけど…)
「さっ、最後の一戦だ。きっちり仕留めて気持ち良く帰ろう」
シャノアールが言い、ユエが微笑んでそれに続いた。
それじゃもういっちょかましますか…。
「どっこいしょ…は~っ、年とると連戦がこたえるわ~」
「オッサン、オッサンw」
ユエの笑声が軽やかに弾け、シャノアールが吹き出しながら回廊に飛び出していく。
わずかに半歩遅れて俺が続き、エレナが、ユエが、しなやかな肉食獣の身のこなしで素早くこれに続いて走り出す。
視線の先にキラーマジンガの巨躯があった。
(こういうバケモノみたいな人たちに良いようにカモにされるお前が一番気の毒かもしれんなぁ…)
Sクラスの魔物に場違いな同情を感じつつ、俺はその日最後の戦闘を前に落日に両爪を閃かせた。