Episode #013
遙か遠方に見える山麗の緑が日に日に色濃く染まっていく。
天高く突き出すように伸びた山頂付近はまだ白く覆われているものの、吹き下ろす風に肌を刺すような冷気は感じられない。かすかな温もりが春の息吹を伝えてくれるようだ。
その日、俺たちは魔物たちが混在する古代遺跡の迷宮において、メタルスライムを駆逐する通称メタル狩りを行っていた。
メンバーはシャノアール、ミカノ、ヒロゆうに俺の4名。
シャノアールを除く3名がメタルスライムに特効のメタルウィングを装備していた。
ほどなくして現れたエリアのボス的なモンスターについては生命力をギリギリまでそぎ落として死んだふりをすることでやり過ごす。
こちらも冒険者の間では「自殺狩り」などと称されるポピュラーな方法だ。
無論このメンバーであれば、通常の迷宮程度のボスであれば問題なく駆逐できるのではあるが、今回の主目的がメタルスライムそのものの駆逐にあるため、時間の短縮を考えて自殺狩りの手法が採用された。
「ああっ!何してくれんのっ!」
ボスの痛撃を受けて、上手い具合に死んだふりが出来そうなタイミングで、俺に向かってミカノのベホイミが飛ぶ。
無駄に全快。
回復を悟ったボスモンスターが再度俺に狙いを定めて痛撃を放つ。乱れ飛ぶベホイミ。
普段のPTであれば頼もしいことこの上ない回復魔法であったが、この自殺狩りにあっては単にひたすら攻撃を受け続ける羽目になるため安易に喜ぶことが出来ない。
「最後まで生き残ってもらいます」
ミカノの発言は一見『あなたは死なないわ、私が守るもの』的な深い愛情を意味するようにも取れるが、実際は『死ぬまで殴られ続けなさい』というサディスティックな側面を持つ。
(ミカノさんってばドSだよね。うんうん)
確信を新たにする傍らではメタルウィングを装備から外したヒロゆうが、自慢の両拳で渾身の連撃を放っている。
ターゲットを俺からヒロゆうに変更するボスモンスター。
おさきに
とばかりに先立つヒロゆう。
シャノアールもミカノも実に効率よく死んだふりをして敵をやり過ごしていく。
最後に残される俺。
大きく振りかぶったボスモンスターの痛恨の一撃が俺の脳天を直撃する。
(これでほんとに死んだら化けて出てやる…)
暗転する視界の中で、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
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狩り始めておよそ数刻が過ぎた頃、俺たちはようやく予定の討伐数に達し、メタル狩りも終わりが見えてきた。落日の陽光が西の空を茜色に染めている。
途中、ヒロゆうがメタルウィングの装備を忘れ、自慢の拳でメタルスライムを撲殺していくという変更点はあったが、ほぼ危なげなく駆逐は進んでいった。
自殺狩りの場合、大抵はHPの回復をせず、容易にボスをやり過ごすように準備をしていく。
今回に至っては、どこぞのドエスなヒロインの悪戯で、俺だけ無駄にHP全快なんて事態に陥ることも多々あったため、俺一人受けた青あざの数が多い。何の拷問プレイだ。
「そろそろ最後にしようか。最後はボスもぶっとばして終わるよ」
シャノアールの指示が飛ぶ。
おう、とめいめい景気よく答えてから、その日何度目かのメタルスライムの群れに俺たちは突撃していった。
見渡してももはや魔物の影はない。
これが最後のメタルスライム狩りだと思うと武器を持つ手に自然に力がこもった。
空中に放たれたメタルウィングが鋭角的な弧を描いてメタルスライムを切り裂いていく。
単発でのダメージはごくわずかであるが、複数人での重撃となると話は別だ。
もともとが打たれ弱いメタルスライムにとって、致命の攻撃に他ならない。面白いように倒されていく。
辛うじて致死を免れたメタルスライムから反撃の火炎が飛ぶ。いくら自殺狩りとは言え、熟練の冒険者である俺たちがメタルスライムの攻撃如きで倒れることはまずない。
そこに油断があった。
「ぐむっ!」
鈍いうめき声を残して倒れていくヒロゆう。
「あ」
ミカノの口が開いたまま固まった。どうやら先のボス戦の際の自殺以降、HPを全く回復させないままメタルスライム狩りに突入したらしい。いかに高位の冒険者であっても、それでは流れ弾に当たることもあるだろう。
ゆっくりとスローモーションで膝から崩れ落ちていくヒロゆうにPT3人の空白の沈黙がリンクする。
視線はヒロゆうに定まったまま、シャノアールのノールックの一撃が最後のメタルスライムを打ち砕いていた。
メタルスライム駆逐の最後の瞬間、歴戦の勇士ヒロゆうは見事なまでの名誉の戦死を遂げていたのだ。
「失敗…回復わすれてた」
思わぬミスに頭をかくヒロゆう。ネタの宝庫ですかっ!
「んも~ミカノさん!『あ』ってやめてよっ!不謹慎にも吹き出しちゃったやん!」
俺はその瞬間のミカノの独白がハマりすぎていて、しばし悶絶を禁じえなかった。シャノアールも声を殺して笑っている。
ミカノはというと賢者としてPTのHPを管理しているという意識が強かったためか、若干申し訳なさそうな表情をしているが、もちろん別に彼女の責任ではない。
次戦のボス戦までにヒロゆうの体力は回復され、その鬱憤を晴らすかのようにボス戦で暴れまわる彼の姿があった。
開幕後、1分を待たずにPTから怒涛の攻撃を受けたボスモンスターこそ憐れと言うべきだろう。
(後編に続く)