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Episode #012

「さて…次が今回の依頼の最後の一戦だね。気ぃ引き締めていこう」

 

その日、俺はレンダーシアの各所を回る通称「試練の門」の巡回を任されていた。
隊員はヒロゆう、らきしす、そしてちなちな。俺を入れて4名の構成だ。

 

ヒロゆうは蛍雪之功の立ち上げを行った一人でもあり、最古参のチームメンバーで歴戦の勇士だ。かつては街で泥酔して路傍で寝転がってることも多かったが、最近は比較的規則正しい生活を行っているようだ。
 

らきしすは昨年の中ほどに加入した一員ではあるが、明るく人当りのよい人柄で、多くの職をそつなくこなす実力者でもある。戦闘職ではないが裁縫職人としての腕は高く、裁縫が苦手な女性陣の憧憬を集めていると聞く。
 

ちなちなはもっとも新しい隊員の一人。戦歴は浅いものの中々どうして陰ながらの努力者で、めきめきと頭角を現してきている感がある。先のヒロゆうがチームに引き入れたのではなかったかな。
俺としばしば討伐を共に行うぷみさくなどとも親交が厚いようだ。言葉数が少ないのは俺と全く反するが、最近共に討伐を行って、俺なりの戦闘術などを伝えたりしている。

 

ま、俺が戦闘術なんて茶番だけどね

 

エレナやミカノ、シャノにリリア、トロあたりであれば、よほど実践に即したレクチャーができるのは間違いないのだが、まぁ俺なんぞでも階段の第一段くらいのきっかけにはなるだろう。

 

『ちなちゃん、可愛いしね!』

 

トロがにやりと笑うのが思い浮かぶ。やかましいわ、まったくw
 

しかし、俺が一緒に行動するのは女性が多い。蛍雪という隊が女性上位というか女性が強いチームであることも多いが、なんといっても

 

俺様のテンションが違う!

 

ことが大きい…かもしれない。
ただでさえのべつまくなしに喚きたてる俺が、さらにテンション高いと悲惨なことになりそうだが、余人がどう思おうと俺が楽しければそれで良いのだ。

 

最低である。


そんなことを考えながら路程を急いだ。最終戦ゼドラゴンの待つ関門に辿りついた時も、隊員のHP、MPをざっと確認し、さほど考えるでなく門を開いた。
 

既に何門かを突破し、ユニットとしても機能し始めていることに慢心があったのかもしれない。
この時、俺はこの一戦に潜む大きな陥穽を見逃していたのだ。

 

開幕。

 

ゼドラゴンを守る2匹のキラーマシンがこちらを見とめて、刀を振り回しながら殺到する。

前衛が主の俺はこの日珍しく僧侶として、隊の命を預かっている。そこにそもそもの間違いを感じつつ、祈りの詠唱を終える。
 

傍らではらきしすが職業特性を活かしてまばゆい光芒の眼くらましを放つ。

ちなちなのさとりの詠唱を聞きながら、俺はキラーマシンの追撃をかわしつつ隊員と距離をとり、散開陣を布いた。

 

ゼドラゴンの怖いのはふみつぶし、ミサイルだけで即死はない。むしろ2匹のキラーマシンの攻撃がやっかいだな…

 

快癒(ベホマラー)の呪文を唱えつつ、俺は戦況に目を配る。
ちなちなは巧みに位置取りを変え、イオナズンの爆炎が敵を焼く。

らきしすもキラーマシンの凶刃をかいくぐり、光芒で敵の眼を欺いている。
ヒロゆうは強力な魔法で敵を…

 

あれ???

 

この関門の前に行った戦闘では魔法を放っていたヒロゆうの手に両手杖が見当たらない。
 

果敢にキラーマシンに特攻をかけては、己の両拳での連撃を放っている。被弾した後に唱える詠唱は、魔法使いのそれではなく、僧侶としての回復の魔法だった。

 

「ヒロゆうさん、いつの間に僧侶!?」

 

思わず俺は悲鳴にも似た悲鳴をあげた。
その時まで俺は彼が僧侶に転職していたことに気づいていなかった。完全に隊を率いる俺の落ち度だ。

 

隊員であるらきしす、ちなちなもこの転職には意表を突かれたのか、乱戦の中で数瞬の間我を忘れていた。

 

(まてまてまてまて!落ち着け俺。ここは戦術の再検討だ。勝つための算段をもう一度立てればいいだけのことだ!)

 

マホトラのころもで敵の打撃をMPに変えながら、俺は彼我の戦力を見つめなおす。

ヒロゆうさんの魔法が期待できない今、こちらの攻撃の核はちなちゃんの魔法。
敵の火力10に対し、こちらの火力が5といったところか。
バイキルトがない以上、素手での攻撃に期待するのは無謀。ヒロゆうさんの回復に期待して、こちらが棍で追撃にまわるか…。
でもさすがに回復が後手にまわるとマズイ。追撃はらきちゃんに任せるのが次善の策だな。
何よりもちなちゃんに攻撃に専念してもらわないと!
幸い僧侶2なので、即死クラスのダメージを繰り返しもらわない限り壊滅はない。ゼドラゴン側に新たな戦力の供給はない。
要するに、負けなければ勝つ。コレだ!

 

乱戦の先でらきしすと目が合う。
言葉をかわすことは一切なかったが、考えることが同じであったのか既に彼女の手には近接戦闘用の扇が閃いていた。

 

ヒロゆうも果敢に敵の凶刃をさばきつつ、一方でMPの乏しくなったちなちなに聖水を与えるなどのサポートを行っている。

 

強火力で敵を薙ぎ払う戦闘に慣れてきている俺にとっては新鮮な驚きのある乱戦となった。

 

火力に関しては、ちなちな、らきしす両名の奮戦があってもなお、敵勢に軍配が上がる。
時折致命傷に至る痛撃を受けながらも、何とか戦線を崩さずにしのげたのは、防御に秀でる僧侶2人体制というのが大きかったのかもしれない。

 

長時間の乱戦を凌ぎながら、キラーマシンの1体を戦闘不能に陥らせた時点で、戦況は大きくこちら側に傾いてきた。

 

ゼドラゴンのミサイルが大地に大穴を穿つも、ちなちなの爆炎とらきしすの巧みな連撃が敵の生命力を確実に削いでいく。

 

中天に上っていた太陽が西の地平に沈む頃、四肢を激しく振り回していた鉄竜もようやく完全に動きをとめた。

 

「ぷっは~!やっと勝てた~」

 

正直な感想だった。
途中から勝利は見えてきてはいたものの、やはり勝手が違う戦闘というのは手に汗がにじむ。この混戦を招いたのは何よりも俺自身の慢心に他ならないが、同時に普段得ることのできなかった充足を感じることもできた。

 

ヒロゆうが全身土と汗に汚れながらも飄々と右拳を掲げ、ちなちなは攻撃の一番手としての重責から解き放たれて、ようやくほぅと息をついている。
らきしすが瓦礫の中を軽やかに弾むように歩きながら、『まさか扇で攻撃するとは思わなかった~』と笑顔をはじけさせている。

 

踏み石は乱れ、そこかしこにキラーマシンやゼドラゴンの機械油が飛び散っている。
 

俺たちも自らの血と汗と埃に汚れてはいるが、勝利の余韻は極上の酒に並ぶ喜びを与えてくれていた。

 

満面の笑みで空を見上げる。
見上げた先の天高く、春を感じさせる真っ白な雲が、風に乗って東へと流れていた。

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