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Episode #007

愛用の長剣が中天に上った太陽の光を受けて鈍色に輝く。
この剣を佩くようになって随分になる。数多の戦闘を経て、無数の敵を屠ってきた。今では手足の一部に感じることもあり、また長年連れ添ってきた相棒のような親しみも覚えている。だがその本質は無慈悲な肉斬り包丁だ。

仲間と連れ添い、時に笑声のはじける日々をおくってはいるが、所詮冒険者なんてものは常に死と隣り合わせの危険をはらんだ世界だ。血と同じように鉄の味に満ちている。
 

こうして剣を手入れしていると、緩みかけた気持ちが自然と引き締まる。多くの命を断ってきた刃は、底冷えのする凄みと狂気を含んでいた。

 

「デボ、なんだキミは。真面目くさった顔して」

 

軽く声をかけられて振り向くと、緩やかな金髪に陽光を映したシャノアールが笑顔でこちらに歩み寄っていた。
いくつもの死線を乗り越えてきた戦士でありながら、その振る舞いは常に陽の気に満ちている。

 

「やかましいわ。この顔は生まれつき!佩剣の手入れは戦士のたしなみだろ」

 

「うん。今日はちょっと討伐にでもいこうかなと思って」

 

微妙に会話が噛みあっていない。が、それも彼女らしさかもしれない。
言葉と言葉の間の沈黙、数瞬の無言の内に込められた肯定と親近の深意が、逆を言えばこちらに彼女が無用な気遣いをしていないことを示していると俺は思う。自然体でいてくれることに少し喜びを感じながら、俺は剣についた打粉を拭う。

 

「いいね。俺もこの後ガイア討伐に行こうと思ってたところや」

 

ドラゴンガイア。
赤銅色の強靭な体躯、鋭い爪と牙から繰り出す圧倒的な破壊力。咆哮がともなう衝撃波一つで冒険者を吹き飛ばす厄介な敵で、討伐隊からもSクラスの認定を受ける兇悪な魔物だ。生半可な覚悟で挑めば返り討ちにあうことは間違いない。

が、俺はこれまでの討伐経験に裏打ちされた自信がある。エレナのような戦況を支配できるまでの実力はないものの、おいそれと戦線が破たんするようなこともないだろう。

 

ガイア討伐にシャノアールが賛同し、討伐対象が決まったところで隊の詰所に行き、活動する隊員の状況を調べる。
幸い詰所にいたぷみさく、クーニャンの二人の了承を得ることができた。

 

ぷみさくは武闘家上がりの僧侶で、過去になんどか討伐を一緒に行っており、回復役としての実力は信頼に値する。柔らかな眼差しの巨躯の男だが意外とユーモラスな一面をもつ好漢で、あくまで俺の想像だが、きっと自宅のプランターには色とりどりの花が咲きほこっているに違いない。それを毎日丁寧に水やりして育てているんだろう。もしかすると何か話しかけながら育ててるかもしれない。そういう優しさがぷみさくにはあった。
 

クーニャンに関しては、あまり連働したことがないが、入隊は俺よりも先輩に当たる。数々の冒険をこなしてきた歴戦の冒険者で、蒼髪を短く整え、女性としては長身の部類に入る。目元に涼やかな優しさがあり、口数は多くないが魔法での攻撃、僧侶としての回復、戦士での肉弾格闘、どれもそつなくこなす手堅い中堅の実力者だ。

 

陣形としては前衛が俺、中衛にシャノアール。後衛の攻撃役としてクーニャン。回復はぷみさくが担当することになった。
シャノアールは前線の勇ではあるが、4人の中で実力はとびぬけており、魔法での攻撃力も高い。今回は中衛の賢者として魔法攻撃と戦線サポート、回復の補助を担うことになった。

 

作戦が決まり、それぞれ装備をあらためる。
隊の武器庫で装備の換装を行う。俺は研ぎ澄ました佩剣を預け、無骨な戦鎚と邪眼の盾を装備する。邪眼と言われる魔力を帯びた深紅の宝珠が盾の中央で妖しく光る。
古の軍師の装備を模倣したとされる甲冑で全身を覆う。傍らを見ればぷみさく、クーニャンは既に装備を整え、荷の再確認を行っていた。

 

「ほないくか」

 

「まって~!えぇと…杖、杖どこだ?」

 

武器庫の奥がガタガタと騒がしい。シャノアールだ。
だから装備をちゃんと整理しとけと言うたろうが。

 

「あったあった。耐性…おお、即死ついてる。さすがあたし」

 

ガイアに即死系の耐性は必要ないが、帰路に別の魔物を駆逐していく可能性はある。さすがかどうかは意見の分かれるところではあるが、このあたりの準備は彼女の余裕の成せる業だろう。
シャノアールの装備が整うのを待ち、俺たち4人はガイアの徘徊する地点を目指した。ドラゴンガイアの生息が確認され、また討伐対象にあげられている中から地点を定め、行程を組む。慣れた冒険者たちだけにそのあたりは実にスムーズにいった。

 

14時過ぎ、ようやく俺たちは古代遺跡の一角に巣食う1匹のドラゴンガイアを視認した。赤銅色の巨体をゆらせながらのしのしと朽ち果てた遺跡を徘徊している。
戦術を再確認し、再度装備をあらためる。4人それぞれから異口同音に準備が整った旨を受け、最後にシャノアールから俺に気合の張り手が飛ぶ。

 

背中に一撃、渾身の平手打ち。

 

突撃の際のゲン担ぎのようなものだ。
それは頭のこともあり、尻のこともある。頬をはられたことはないが、まぁその内覚悟はしておいた方がいいかもしれない。
一撃に次いで、彼女の檄が飛ぶ。

 

「殺っちまいなぁ!」

 

女じゃないよね、ホント。
思わず苦笑しながら俺は疾走を開始する。部屋の内装やら、コーディネートした衣装やらにドキッとするほど女性らしい一面を見せることもあるが、その一方で女をどこかに捨て去ったアニキとしてのシャノもいる。

 

戦鎚一閃。
 

ドラゴンガイアの爪と鎚が弾け合う。それが開戦の合図となった。よろめきそうになるところを下肢に力を込めて立て直す。ガイアの返す一撃は俺の頭上を唸りを発してかすめていった。俺は全身でぶつかるように盾を構えて突進する。
 

前衛としての俺の役割はガイアの出足をくじき、魔法攻撃を行うクーニャンとシャノアールを守ること。敵の体力をそぎ落とすよりもガイアをその場に釘付けにするのが重要だった。
ぷみさくの魔法が飛び、王軍師の鎧に魔法の障壁がのる。相変わらずいい仕事してくれるね!

 

開戦前は幾分か緊張していたクーニャンも、小気味の良い詠唱から強力な火球をガイアに向けて発している。紫陽花色のローブが火球の赤を照り返しながら、爆炎にひるがえる。
シャノアールは時に爆炎でガイアを包んだかと思うと、一方で強力な呪言でガイアの張る魔法の障壁を掻き消している。慌ただしく戦場を舞う様子からは、とても出発前に杖を探して倉庫を漁っていたものと同一とは思えない。

 

短いが激しい戦闘は、概ね俺の予想通りに進んでいた。

ウェイトブレイク等の補助的効果を持つ攻撃や、ガイアの耐魔力を鈍らせようとした俺の試みも時にうまくいったが、一方で痛烈な反撃を受けることもあった。

 

エレナやミカノ、トロといった熟練者たちには遠く及ばない現実に思わず唸る。行動の正確さ、反応の迅速さ、戦況の把握。そしてそれらを冷静に実行に移す平常心。耐久性、火力といった基礎的なこといがいにもまだまだ至らないところが無数にある。

 

「てか、足りてることの方が少ない感じか!」

 

自嘲しながらもハンマーを振るう。まぁ、俺の実力不足は仲間たちが補ってくれる。個としての成長は大切だが、4人で力を合わせて目的を達成することはそれよりもさらに重要だ。
 

その日俺たちは力を合わせてドラゴンガイアを駆逐し、最終的には日没までにさらに2体、合計3体のガイアを討伐することが出来た。

 

台風が間近にせまっているのか、その日の夕日は血を刷いたように見事な紅に染まっていた。
 

商業都市メギストリス。

3体のガイアと雑多な魔物の討伐で得た報酬で俺たちは夜半酒杯を傾けていた。麦酒の苦みが心地良い。
シャノアール、ぷみさく、クーニャン、そして俺の4人はそれぞれ好みの酒をあおりながら討伐行や財宝の話、過去の思い出話に興じていた。そんな中でふと魔力を帯びたアクセサリの話になった。

 

今日討伐を行ったドラゴンガイアの持つ大地の竜玉は必需品と言ってよい代物だ。パズズやベリアル、アトラスを狩ることでもそれぞれソーサリーリング、バトルチョーカーなどのアクセサリの材料を手に入れることが出来る。強力な魔力を帯びたアクセサリはその呪物が秘めた力で冒険者を護る。常に死と隣り合わせの冒険者にとって財貨では買えない価値をもつのだ。

 

「クニャちゃんはハイドラベルトは持ってる?」

 

ハイドラベルトの原料はロヴォス高原などに生息するというキングヒドラを討伐することで入手することが出来る。
運が良ければ1体で十分量の材料が確保されるが、それはよほど良質な外殻が残されている場合に限られるため、通常では10匹程度駆逐することでようやく1つのベルトが完成する。
防御と重心の安定の保護魔法があり、前衛には必須と言ってよい呪物だった。

 

「なんじゃそれ??」

 

ジュレー島南岸でとれるという深紅鮭とデマトード高原のデマト玉葱のマリネに舌鼓をうっていたクーニャンが素っ頓狂な声を上げる。
その切替しの見事さに思わず傾けていた麦酒にむせびこんだ。この飾らなさがいかにもクーニャンらしい。

 

「キングヒドラ討伐で手に入れることが出来るよ。明日にでも行ってみる?」

 

「ほほぅ。でも私で大丈夫かな?」

 

クーニャンの言に俺は視線を傍らのシャノアールに映す。ガタラ梅の果実酒をロックであおっていたシャノアールが笑顔を浮かべてうなずく。シシャモをほおばっていたぷみさくも目で諾意を伝えてくる。

 

「大丈夫。力を合わせれば討伐できない相手じゃないよ。明日いこう」

 

「行ってみよう!」

 

クーニャンの差し出す酒杯に他の3つが音を立てる。翌日の計画が立ち、いよいよ酒宴は盛り上がっていった。

 

**************************

 

翌日、強風の吹きすさぶロヴォス高原の一角に俺たちはいた。
メギストリスで宿をとり、日が昇るのを待って俺たちはキングヒドラの討伐に向かった。この日の俺の背には愛用の長剣がかかっている。その重みが心地よい。

 

この日の布陣は前衛に俺とシャノアール。後衛にクーニャンとぷみさくの雁行陣。俺が火力重視の両手剣、シャノアールはかく乱に秀でた竜爪を装備していた。ガイア討伐の際の矢印型の鋒矢陣と異なり、2人の前衛を後衛一点に詰める二人の回復役がサポートする。
 

前衛は火力で敵をけずることも大事ではあるが、同時に敵の出足をくじいて後衛を護ることも重要になる。

 

「デボとあたしで敵の出足を遅らせるから、後衛の二人は上手いこと逃げながら、敵の注意をひきつけて」

 

「滅却や祈りなんかで上手く敵を挑発できれば、あとは俺たちを壁にして十分な距離を保ちながら逃げることに専心してくれていいからね」

 

シャノアールと俺が後衛の二人に戦術を説く。
自分はどう動く、こう動いてほしいという意思を明確に伝えておくことは、実力のあるなし以前に重要なことだ。それをこれまでの討伐行でいやというほど知らされていた。

 

「大丈夫、勝てるよ」

 

笑顔で拳を差し出すと、ぷみさくが笑ってそれに拳を重ねる。クーニャンも幾分か緊張した面持ちでうなずきながらそれに続く。

 

「いくぞ!絶対勝つ!」

 

最後にシャノアールが笑って一喝。握り拳を強く振り下ろす。おおっ!と鬨の声を上げて俺たちは疾走を開始した。

 

開始の一合は素早さに長けたシャノアールの一撃だった。
両手の竜爪がキングヒドラの鱗に鋭い切れ味を見せる。三つ首の巨竜が殺意に6つの眼を血走らせながら、鋭い牙がシャノアールを襲う。

 

俺の突き出した長剣がその内の一つの下顎を捕えた。

一瞬の隙をついて懐に飛び込んだシャノアールがキングヒドラの前肢に深々と爪を立てる。紫色の体液がシャノアールの白い肌に滲みをつける。
 

クーニャンの魔法障壁が前衛の二人を淡い燐光でおおう。ぷみさくの治癒の呪法が柔らかな癒しの力で俺たちの小さな傷も残さずにふさいでいった。

クーニャンはどうやら事本番にあたって動きが洗練される質のようだ。攻撃魔法を主軸に戦ったガイア戦と異なり、前衛の状況を把握しての護りに軸をおいた戦い方になったが、ぷみさくと比べても遜色ない冴えを見せている。

 

「デボ、上手くなったやん」

 

「どうも!師匠がいいもんでね!」

 

「ははっ、調子に乗ってると足元すくわれるよ!」

 

強力な連撃をかわしつつ、要所要所で鋭い一撃を加えながらシャノアールが叫ぶ。それに応じながら俺の長剣が唸りを生じてヒドラの前肢を切り裂いていた。
めまぐるしく立ち位置を入れ替えながらの攻撃は、何よりも前衛同士の連動が重要になる。言葉を交わすことで呼吸を読みやすくなり、二人の躍動を後衛のぷみさくとクーニャンが堅実な治癒術で支えてくれた。

 

序盤から手にした優勢を、俺たちが失うことは最後までなかった。
キングヒドラの三つ首が動きを鈍くし、その殺意を帯びた邪眼が焦点を失うまで、俺たちの連動は続いた。地響きを立ててキングヒドラが大地に臥し、傷口からあふれた酸の体液がその鱗殻を溶かしていく。

 

結果だけを見れば、俺たちはその日ハイドラベルトを手にすることは出来なかった。
手にした鱗片はわずかにその10分の1程度。先は長い。

だがこの日に得た4名での連動は、ハイドラベルトよりもさらに俺たちの冒険を支える糧になるだろう。

惜しくも不十分な材料しか手にすることが出来なかったクーニャンもそのことが分かっているのだろうか。笑顔が陽光を受けて鮮やかに輝いている。
 

 

 

シャノアールのねぎらいの言葉が激しかった討伐行の終わりを告げていた。

強風の中で迎えた終戦。
手にした鱗片よりも遙かに大きなもの、かけがえのない戦果を俺たちは確かにつかんでいた。笑声が強風に乗ってロヴォスの高原に溶けていった。

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