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Episode #006

「随分形になってきたな。そろそろ単身でもいってみるか」

 

その日、俺は新兵デネブの調練に付き合って、ガートラントの郊外にいた。
デネブは先頃行われた若葉の儀を首席で終えたエルフの俊邁で、数週間前に入隊してきて以来こうして俺が調練を行っていた。

入隊後しばらくは基礎的な体力強化のために戦士としての訓練を重ねていたが、近頃ようやく本来の長たる魔法学の習得に入り本来の鋭才を発揮している。

 

俺自身は魔法学は苦手の分野で、せいぜい中級程度の治療学・回復術しか心得ていない。こうして調練に付き合っていられるのも今のうち、といったところだろう。隊の中には魔法学に優れた冒険者が幾人もいる。彼らに師事することで今はまだ眠っている彼女の能力も開花するに違いない。

 

エリちゃんやトロさん、リリちゃん、ぽるちゃんあたりに今度頼んでみるか。

 

額に汗して魔法学の調練に当たるデネブを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

アトムに気づいたのはそんな時だった。

ガートラントの城門から彼女が少しうつむきながらトボトボと出てくるのを見とめ、俺は名を呼んで声をかけた。
桜色の髪が揺れ、顔を上げた彼女と目があった。軽く右手を上げて笑顔を見せる。

 

「デボさん!こんなところで珍しいね。デネブちゃんの訓練?」

 

「そそ。アトちゃんこそどしたの?なんか元気ないけど…?」

 

俺が水を向けると、彼女はちょっと苦笑いを浮かべて荷物の中から一枚の封書を取り出した。

 

「…んん?討伐依頼書?」

 

「うん。ヘルジュラ…でもね、これ…バドリーなの」

 

うなだれた彼女の真意に気づき、俺は思わず吹き出した。要するに彼女はバドリーに行く道がわからないのだ。

 

「デネブの訓練も終わるから、俺が付き合うよ」

 

「ほんと!?」

 

「うん、道案内は任せて」

 

礼を言って笑顔をはじけさせるアトムの傍らで、俺はデネブにいくつかの指示を出す。

そうして手早く身支度を整え、一路バドリー岩石地帯への道を急いだ。
真面目な面持ちで俺の後ろをアトムが追う。その様子を振り返って確認し、その懸命さにまたちょっと笑った。

 

戦闘にあっては俺よりもはるかに熟練の冒険者であるアトム。同様に方向感覚を喪失する迷子気質にいるぽるか。
両名の普段の立ち居振る舞いからそういう特性は感じられない。戦闘時にあっても時に獲物に狙いを定めた猛禽類を連想させる激しさをもつアトム、冷静な回復術に安定した火力を発揮して敵を殲滅していくぽるか。

隊員からの信頼も厚く、隊の中堅を成す優れた人材だ。両名とも物腰は穏やかで対人関係においては優れたバランス感覚を感じさせる。

 

でも二人とも目的地に辿りつくには右往左往を繰り返している。そのアンバランスさが面白い。

 

けれど…

 

一方で俺は思う。
彼女たちにそういう欠けた要素があるからこそ、俺のようなものは共に歩みやすいのかもしれない。

 

不完全さは時に魅力になる。

 

弱い部分があるからこそ、手助けする余地があるのだとも言える。俺たちは皆、すべからくどこか弱さをもっている。だからこそ人に頼り、手助けしてもらい、感謝を知る。

 

そんなことを漠然と考えながら、岩石地帯への道を急いだ。

 

バドリー岩石地帯はガートラント城の北西に位置する広大な荒野だ。
緑は少なく、むき出しの岩山を抜ける突風が、時折砂塵を巻き上げて周囲が砂色に煙る。岩山の影にもアトムの討伐対象であるヘルジュラシックやトリカトラプスといった兇暴な魔物が徘徊しており、生半可な力量では立ち入ることに大きな危険を伴う。

 

目的とする荒野に辿りつき、アトムは大きく伸びをとった。
これからが討伐本番だというのに、その表情は晴れ晴れとしている。まるで辿りつくまでの方が大仕事であるかのように。

実際討伐よりも、現地に辿りつくことの方が彼女にとっては難事なのかもしれないのだが。

 

討伐依頼はヘルジュラシックを50匹駆逐することであったが、ほぼ危なげなく俺たちはその依頼を達成することが出来た。
アトムが連れてきた魔術師たちは確実に敵を削り、彼女自身も鋼鉄の爪で縦横に敵を切り刻んだ。

 

俺はそんな中で未熟ながら回復役に徹し、後衛からパーティを支援した。デネブの指導を行う手前、多少なりとも実戦を積んで感覚を鋭いものに保っておく必要がある。未熟な回復役で緊張は否めなかったが、何とかその日戦線に大きな破たんをきたすことはなく俺たちは討伐行を終えることが出来た。

 

帰路は転移の飛石で一気に本営に飛ぶ。

 

討伐隊に報告を終え、報酬を手にしながら、俺はその後の予定についてアトムと言葉を交わしていた。

 

そこへ馴染みの討伐隊員が一名、何やら紙片を手に声をかけてきた。

 

「デボネアさん、アトムさん。今日からラッカランでビンゴゲームが始まるんですけど、どうです?」

 

娯楽島ラッカラン。
大富豪ゴーレックが領主を務める世界一の歓楽街だ。闘技場があり、アストルティア唯一のカジノもある。不夜城の別名で呼ばれ、富と栄光、挫折と没落が一夜にして飛び交う。

 

俺自身、過去に何度か足を運んだことがある。カジノで一晩で大枚をすった経験もあり、できればあまり立ち寄りたくない。が、そのカジノにこのほどビンゴゲームなる新しい娯楽施設ができたことは聞いていた。これには一抹の好奇心が首をもたげる。

 

「これ、ビンゴのチケットです。隊員の皆さんといってみて下さい」

 

隊員はそういって俺にチケットを押しつけた。
渡りに船とはこのことだろう。

カジノは正直ゴメンだが、隊の仲間たちで新種のゲームに興じるのは悪くない。

隊員に声をかけて参加者を募ってみたらどうだろう?という問いにアトムも笑顔で賛同した。
皆、こういう娯楽には飢えている。討伐に明け暮れた日々の中に時にこうした遊びがあっても悪くないはずだ。

 

俺は隊員宛の書き置きにメッセージを残し、本営を後にした。こうしておけば、多少なりとも隊員たちの参加を募ることも出来るだろう。

夕陽が地平に沈み、空が茜色に染まっている。

 

「それじゃアトちゃん、今日の夜、カジノでね」

 

「うん。今日はほんとにありがとうだした」

 

だした…。
うっかり舌を噛んだ彼女と目が合う。迷子の時と同じく心から情けなさそうな彼女に思わず吹き出した。そういえばぽるかも時々妙なことを口走るね。迷子属性って言葉も迷子になりやすいのかもしれないな。

 

愚にもつかないことを考えながら、俺は軽く手を振って俺は茜に染まる街並みへと踵を返した。

 

***************************

 

夜になり、空が漆黒に覆われても娯楽島ラッカランの喧騒には全く影響がないようだった。
行きかう人の足は耐えることがない。時に肩を落とし、うなだれて駅へと姿を消す人がいれば、喝采をあげて拳を天に突き上げる者もいる。

立ち並ぶ店からは肉汁と香辛料の芳香が漂い、街角に立つ女たちは蕩けるような艶で男たちの視線を集めている。天鵞絨でしたためた服からのぞくしなやかな肢体がなまめかしい。

 

「デボさん、目がやらしい」

 

「ヘンタイはっけーん」

 

馴染みの声に振り替えるとリリアとぽるかの姿。その後背にピンクのアフロに空色のローブという度肝を抜く出で立ちのタ~タンがいた。ド派手に着飾る人々が珍しくない娯楽島にあってもひときわ目立つ極彩色。聞けばフェリシアの若手美容師に任せたところあのような頭に仕上げられたのだそうだ。

 

「男が女に目を奪われるのはいたって正常。というかそうならない方が異常。美しいものを愛でる余裕はいつだって必要なんだよ。ね、あいあさん」

 

「うんうん、たしかに。それは間違ってないね」

 

屁理屈をこねながら、タ~タンの右隣にいるあいあに矛先を向ける。こういう大人の男論ではあいあとは妙にウマが合う。


彼が大きくうなずくのを見て、傍らのアトムがため息をついた。彼女は昼までの旅装を平服に改めていた。白のブラウスに黒のタイトスカート。黒のベストがシックに決まっている。

 

「こういうのはやっぱりばっちり決めてこないとね」

 

とはタ~タンの言。
たしかに、タ~タンが言うと異様な説得力があるな。

 

「お~、結構集まったね」

 

振り返るとそこに長身のエレナと、淡い金髪を軽くまとめたミカノがいた。
エレナは白地に銀の刺繍の入った軽装に身を包み、ミカノも黒字にチェック柄のスカートに柔らかなラインの上衣を合わせている。

 

黒地の甲冑に身を固めたトロの威容がひときわ目立つ。彼曰く

 

「今日は闘いだからね…」

 

とのことだ。何かカジノに因縁でもあるのだろうか。

 

「遅くなりましたぁ!」

 

明るい茶色の髪を揺らせながら、小走りにちゃこがやってきた。
結構あつまったな。シャノアールやエリエールといった連中も追ってくるだろう。

 

「タコさんは先に入って陣取りしてるそうです」

 

息を整えたちゃこがそう言ってほほ笑む。

 

「タコ…やる気マンマンだな」

 

「これでみんな来なかったら、あいつボッチでビンゴか…」

 

「それはそれで楽しいな」

 

エレナとそうやって意地の悪いことを相談しつつ、俺たちはまとまってカジノの扉を開いた。
新装オープンの案内表示に従い、階下のビンゴコーナーを目指す。

赤い絨毯の上を歩む仲間たち。

 

振り返ってみれば、その目がキラキラと子供のように輝いている。

結果はいざ知らず、たまにはこういう遊びがあってもいいはずだ。
気炎をあげて豪奢な扉を押しあけながら、俺はそんな思いに駆られていた。後押しする仲間の声。

 

俺たちは既にどんな財宝や栄光よりも素晴らしいものを手に入れているのかもしれないな。

 

不夜城の光芒が明々と夜を彩っていた。

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