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Episode #004

その日は朝から驟雨が大地をたたき、冷気を含んだ空気が白い靄をともなってアズランの湿原を包んでいた。
無論雨だからと言って魔物が徘徊をやめてくれるわけではない。早朝から隊員と共にガートランド北東の岩山地帯に赴き、甲殻の魔物サウルスロードを数十匹討伐している。
ただ、やはり雨の中の討伐行はいつも以上に体力を損なう。消耗した状態ではふとしたことが致命傷にもなりかねない。余力のあるうちに帰路に就き、夕刻から自宅に隊員を呼んで雑談にふけっていた。
暖炉にくべた薪がパチパチと音を立てて小さく爆ぜる。カルラの淹れてくれる珈琲は今日も上質な香りを醸していた。

 

「デボさ~ん!ちょっと二階に来て~」

 

そんな時だった。
二階に上がっていたぽるかとリリアから声がかかった。階下で談笑していた俺とあいあ、アトムとカルラはその声に従って階段を上る。
開けたフロアの一角にある映写機の前でぽるかとリリアが手招きしていた。

 

「カルラさん、今日とか最近にタ~タンさんって遊びに来なかった?」

 

「タ~タン様ですか?いらっしゃいましたよ。今日の昼頃お見えになられましたが。デボネア様をお待ちになられますか?と伺ったのですが、笑って出直すとおっしゃってました」

 

隊員同士の家を訪ねるのは特段珍しいことではない。
俺自身、隊の当人が不在であろうと隊員の住宅を訪ねることはしばしばあった。

 

「さすが…これを仕込んだのはその時だね」

 

「そだね!さすがとしか言いようがない」

 

カルラの言葉にお互いに目を合わせて笑う二人。全く意味が分からない。
あいあ、アトム、カルラの3名も同意見らしく、こちらは目を合わせても首をかしげるばかりだ。

 

「まぁまぁ、まずはこれを見ようよ」

 

その様子を感じ取ってか、リリアが笑って映写機のスイッチをいれる。
ぶぅんと動力源の魔法の水晶球が起動し、映写機がカラカラと動き出した。

 

ジ…ジジ…ジジジ…

 

ほどなくして映写機から発せられた光が壁に映像を結び始める。駆動音に紛れた音声がかすかに聞こえるが、それもほどなくして明瞭さを取り戻した。
ただ壁に映し出された映像はいまだにぼやけていて判然としない。

 

『…うきましたか。たしかにね、私もそう言いましたよ。ええ…』

 

どこか聞きなれた声だ。
あいあが、タ~さんの声だ、と呟く。確かに音声は他ならぬタ~タンのもののようだった。
時折焦点を結ぶ映像。映し出された場所に見覚えがある。どうやらサロン・ド・フェリシアのようだ。

 

『はっは~ん、そうきましたか。確かにね。
私もそう言いましたよ。ええ。明るい感じの色に変えたいなって。

 

そうそう、こうも言いましたね。
ちょっとイメチェンを図りたいんで、どうかなぁ~ちょっと遊び心があって、それでいてクールな感じ。

うんうん、アフロもいいですね。たしかいそう言いましたよ。はい。

 

でもこれなんですのん?
明るい感じの色ってこれドピンクですやん。ショッキングピンク。確かに明るい色ですよ。桜色ね。

 

でも時と場合ってあるやないですか。

 

私、こう見えて社会人ですねん。娘もおりますねん。ええ。結構若くみえますでしょ。よう言われますねん。そんな年の子供がおるようには見えへんわ~って。
そうそう、娘ですよ。年頃のね。

最近ちょっと生意気も言うようになりましたけど、可愛いんですわ、ってそんなことは今は問題ちゃいますわ。

 

このショッキングピンクの頭にして家かえって年頃の娘がどういう反応するか、貴方考えたことありますのん?

 

たしかに、たしかにですよ。
明るい色にしてくれ、言いました。それは認めます。言いましたとも。

でもほら、ものには限度ってもんがあるやないですか。
ちょっと明るい茶色、くらいだと、周囲の人も反応しやすいですやん。あ、髪の色変えたね、とかって。

でもそこにショッキングピンク来たら、どう反応せいって言いますのん。
 

あきらかにちょっとヤバい人キタ!みたいな空気になりますやん。

 

しかもこれなんです?
アフロヘア?

嘘ですよね。これ。
 

アフロヘアってまぁいわゆるボンバヘッドなわけですわ。爆発する頭。こうね、ふわっとした感じで輪郭がぼ~んって膨らんでて。

 

ボンバヘッ!

 

響きにこうクール感があるやないですか。ちょっとアウトローな。まぁ社会人にアウトロー求めるのもどうかと思いますけど。

でもこれってアフロヘア言いませんよね。
どう考えてもカリフラワーとかマッシュルームみたいな感じですやん。なんですのん、このバタ臭いライン。

 

ボンバー感がいっこもありませんやん。

ホイップクリームが頭にのっかってる感じですやん。
ピンクのホイップクリームですよ?そんなんどう考えても危険物ですやん。

 

大体兜入りませんわ。
いやいや髪ですから?入りますよ。兜に。でも横とか正面からはみ出しますやん。ピンクのカリフラワーだかマッシュルームだかが横からはみ出してる図なんて想像できます?
バンダナで強弱つけたら「頭がトイプードル」ですよ?笑いごとちゃいますよ。ほんま、泣きたいのこっちですわ

 

サロン・ド・フェリシア言うたら業界最大手ですやん。
五大陸はおろか辺境の寒村だって関係者がころがってますやん。そんなところがこんな仕事してええんですか?

やっぱお客さんの頭とか髪ってもうちょっと大事にせなあかんのとちゃいます?
 

髪の毛切ってから、『もうちょっと長めでお願いします』言われてもどないもこないもできませんやん!?

 

いやこれはパーマですよ。正直デザインパーマ系を想像してたんで、こんなに暴走パーマあてられるとは思いませんでしたけど。
パーマやったとしてもやっぱ髪のダメージとか気にせなあきませんやん?
これまたストレート戻しても、なんか熱の影響でシオシオになってそうですやん?どうしますのん、私らの年齢になったら、もう髪のコシが戻らへんって人も世の中にはいてますねんで。

 

って私は大丈夫です!私は大丈夫ですよ!?
ふさふさですし、毛根だってバリバリです。きっちりくっきり髪立ちますわ。って確認するのやめてくれます?見ればわかるやないですか。

 

禿げてません!
 

って、は~げ~て~ま~せ~ん!

 

ちょっと何わろてますのん。こっちは笑いどこちゃいますねん。
こう見えて私、結構もてますねん。ちょっと垂れ目で切れ長な目元がアンニュイな感じでしょ?

アンニュイ?ってなんですか?

そんなん知りませんわ。アンでニュイなんですよ。意味なんか知らんとってええこともあるんです。響きで勝負。
わかるでしょアンニュイ!なんかこうそこはかとないハイカラ感。

 

って完全に脱線してますやん、収拾ついてませんやん!
このピンクのカリフラワー頭で年頃の娘と、最近ちょっと怒りっぽくなった嫁さんの元へどないな顔して帰れっちゅう話ですやん。

 

やり直す?
 

ってこれからまた2時間かかるんちゃいますのん?

あきません。私も予定入ってます。この後隊の仲間と討伐いかなあきませんねん。
最近、出先で昼寝ばっかしてて挙句の果てに「寝落ち四天王」なんて称号もらいましてな。ってそんなんどうでもよろしいがな。

 

いや、泣かんでもよろしいがな。こっちも鬼ちゃいますがな。
また明日来ますよって、直してくれたら…え?やり直しの費用はスタッフの自腹?え?フェリシアってそんなきっつい会社ですのん?

 

んで、やり直しの費用ってナンボしますのん?
うん、冒険者協会の保険はおりませんわな。当然世界宿屋協会も見て見ぬ振りですわ。宿屋にしてみたら冒険者の髪なんかゴミでしかありませんからな。

 

みんな禿げてまえ!ってのが正直なところやと思いますわ。

 

って!ええ!!?
やりなおし6000ゴールドもしますのん??ぼったくりですやん??
てかそんなん上級な宿に4人で何泊できるっちゅう話ですやん。

 

はい、わかりました。我慢します。もうええですよ。これで。
そんなん気の毒ですやん、髪の毛直すのにあなたがこの先何日もただ働きせなあかんのなんて気の毒で耐えれませんわ。

え?年頃の娘もわかってくれますって、たぶん。
ちょっとポップな頭になっちゃったけどって。ええ、もしもの時はよろしくお願い致します。

 

あ、はいはい。割引券ね。
今度、また来ますよってに今度はもうちょっと社会に適した感じでお願いしますね。

 

ええ、ええ。
いや…紫はアカンと思います。会社の人、やっぱびっくりしますやん。
想像してみて下さいよ。俺の後ろに座ってる人とかがいるとしてですよ。
ぱっと目を上げたら、目の前に紫の塊ですよ?紫の雲。毒雲って冗談にもなりませんやん。カミハルムイに出張行く時なんかめっちゃ気にせなあきませんやん。あそこ毒にめっちゃナーバスなんですから。

 

はい、はい。
最後に記念撮影?はい、わかりました。

 

にっこり笑顔で?

 

あなた結構大物になりますわ。このタイミングで笑えってなかなか言えませんで。

はい。それじゃね。

はい、にっこり笑って~、はいチーズ!』

 

そこで唐突に映像が鮮明な像を結んだ。
壁に映し出されたのは爆発したまんまるなマッシュルームよろしく膨らんだドピンクの髪をしたタ~タンその人。
音声ではしぶしぶといった感じだったくせに、満面の笑顔でピースサインを決めている。

そして唐突に映像は途切れた。

 

「これ、映写機のとこにおいてあった」

 

リリアが何やら書き残されたメモを差し出す。
筆跡からしてタ~タンのものらしかった。

 

皆様の憩いに。
ささやかな笑いが一番の癒し、ですよね。

 

悪戯好きな隊員が残した秋のサプライズ。
夕日に沈むアズランの街に笑声がはじけ飛んだのは言うまでもない。

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