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Episode #001

「うみぼうずの依頼書がある、ついでに狩っていこうか」

 

グランゼドーラ城の地下を抜けて海風の洞窟へと続く最後の玄室で、トロが荷物袋から討伐隊の封書を取り出して呟いた。

その日、俺は隊員であるぽるかの呼びかけに応じ、グランゼドーラ城の地下宝物庫に現れたというヘルバトラーの駆逐に向かう途中だった。
パーティを組んだのはエレナ、トロ、そしてぽるかの3名。一流の戦術家であり、隊内でもとびぬけた戦闘能力を持つエレナはもちろん、退魔装備に身を包んだトロも古参の隊員として仲間からの信頼度も高い熟練の冒険者だ。
俺が多少頼りないところがあるとしても、両名の実力があれば難敵ヘルバトラーを相手にしてもおそらく何とかしてしまうだろう。

 

俺にとってヘルバトラーの出現はこれが初めてではなかった。
過去に何度か駆逐を行っているが、一旦は形を潜めるものの、ある程度時間が経てばまた侵入を許してしまうようだ。
難攻不落と言われるグランゼドーラ城の栄光も今は昔、といったところか。

 

「ゴーグルもあるよ」

 

荷物袋からゴーグルを取り出しながら、再びトロが口を開いた。
トロの言う「うみぼうず」は宝物庫に続く海風の洞窟の一角に現れる半透明の液状モンスターだ。一旦地上に現れてしまえばゼリー状の体を視認できるものの、普段は地中に潜んで肉眼では見ることが出来ず、不意を突く形で冒険者を襲うやっかいな相手だ。
ただし特殊なグラスを通してみれば、うみぼうずが発する燐光を元に居場所を特定できる。居場所さえ特定できてしまえば物の数ではない。討伐隊からの依頼も俺たち4人であれば容易な仕事に思えた。

 

「お~、いるいる」

 

トロが嬉しそうな声をあげる。
ふと傍らのエレナが手にした見慣れない長剣が目についた。

 

「エレナさん、その剣は?」

 

「クレセント・エッジ。…見た目はね」

 

うみぼうず目がけて長剣を抜き放ちながら、エレナはいたずらっぽく目を細めた。
金色の流線を描いた優美な長剣は、背筋の寒くなるほどの切れ味を見せてやすやすとうみぼうずを切り裂いていく。ゼリー状にうごめくうみぼうずの鈍重な巨体が瞬時に2つ、3つの塊に切り裂かれ霧を散らすように消失する。
彼女の行く手をふさいだ魔物の方が気の毒なほどだ。


ほどなくして俺たちは目的とする玄室の前に辿りついていた。
海風の一角に巣食う巨竜については無視することに決めた。倒せない相手ではもちろんないが、無駄に体力を損なう必要もない。

 

「行きますね」

 

ぽるかの声には一抹の緊張が含まれている。
無理もない。彼女にとっては最初のヘルバトラー掃討戦だ。

重々しい音を立てて扉が開き、玄室の一角でうごめく巨大な影が動きを止めて二本の角の生えた頭部がこちらの方を振り返えった。
血走った両眼とこちらの視線が交錯する。瘴気が殺意を伴って、首筋がちりりと粟立つのを感じた。

既にエレナは長剣を抜き放って疾走を開始している。
俺も背後から愛用の段平を抜き放ちそれに続く。敵は3体。ヘルバトラーの脇を2体の人型が守っている。

 

乱戦になった。
人型の繰り出す剣戟をかわし、俺の肉厚の段平が敵の装甲を裂く。確かな手ごたえはあるが、まだ致命傷を与えられるほどのものではないと経験が教えてくれる。真っ赤な双眸に憤怒の色をたたえて人型が剣を繰り出す。
避けそこなって左半身に鈍い衝撃を喰らう。次いで傷口から生暖かいものが脈打つたびにドクドクとあふれ出してくる。

 

しくじったな…

 

左の腕から力が抜けていく。人型の放った一撃は深刻なダメージを俺の体に刻んでいた。
次の瞬間、あたたかな光が俺の半身を包み、痛みが速やかに引いていった。柄を持つ左手を握りなおしてみる。わずか数秒で左腕は十分な筋力を取り戻していた。
横目で視線をおくると、強力な治癒の魔法で俺の傷跡を瞬時に癒してくれたぽるかと目があった。その傍らで彼女がうなずくのに合わせてトロが魔法の詠唱を終えた。青白い燐光が甲冑の表面をまるで生き物のように覆う。障壁の魔法だ。

 

一方の人型の首を俺の段平が跳ね飛ばしたのを視界の端で確認しながら、エレナが薄く口を鳴らす。
どこをどう立ち回ればそうなるのか、彼女は一点の返り血すら浴びていない。まったく恐れ入った。トロが左手の盾で人型の斬撃を払いのけ、その反動で生じた隙にエレナの剣がするすると伸びて人型の首を跳ね飛ばした。

ぽるかの魔法が俺たちの小さな傷も残さず癒してくれる。残すはヘルバトラー本体一匹。

 

ヘルバトラーが咆哮と共に瘴気を体に集めている。魔瘴と呼ばれる呪いの範囲攻撃だ。
エレナを除く3名は踵を返して魔物との距離をあける。魔瘴の一番怖いのは効果の及ぶ数メートルの円陣の中。範囲の外へ出てしまえば効果は消失し無傷でいられる。
だが、エレナは敢えて魔物との距離を詰めていった。怪訝に思い声をかけようとした瞬間に、彼女の手にした獲物が長剣から巨大なハンマーへと変わっていることに気付いた。いつの間に!

 

エレナのハンマーは中空から勢いよくヘルバトラーの脳天をとらえ、その衝撃で魔物の四肢が伸びて痙攣をおこす。魔瘴は発動を待たず体内に集められた瘴気が周囲に霧散する。

 

スタンショット。熟練のハンマー使いが駆使する技の一つだ。

 

エレナが生んだわずかな隙は、我々にとって魔物に致命的なダメージを与えるには十分だった。
振り下ろされたハンマーは今度は逆に下方より突き上げられ、ヘルバトラーの下顎を割りおびただしい量の濃紫色の血液が宙を染める。
間合いを詰めた俺の渾身の一撃が腹腔を切り裂き、内臓にも大きなダメージを与える。傷口からずるりと滑り出した内臓は大気に触れると泡がはじけるようにブクブクと溶けだしていく。

 

深刻なダメージを抱えたヘルバトラーが完全にその動きを止めるまで、さほど時間はかからなかった。

 

「ふ~」

 

エレナが短く息を吐く。それがこの短いが苛烈を極める戦闘の終了を告げていた。玄室は再び静寂を取り戻し、俺たちは武器を払って武装を解いた。この平安が果たしてどれほどの間保たれるのかはわからない。
だがしかし、当面の脅威を取り除くことはできただろう。

 

「うわっ、サイアク…」

 

宝物庫に張っていた蜘蛛の巣が髪にからまり、エレナが情けない悲鳴を上げた。

乱戦に息一つ乱さない彼女が真に情けなさそうな顔をするのを見止め、俺たちは誰ともなく釣り込まれるように笑い出した。

その笑声が一つの冒険の終わりを告げていた。

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