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Prologue

窓からさす朝の陽ざしを瞼に受け、まどろんだ俺の視野がかすかに白く光をともす。
薄く目を開けると、柔らかな秋の陽光が斜めに光の帯を作っていた。朝の冷気と毛布の温もりが妙に心地よい。
何気なく視線を運んだ先、部屋の傍らに置かれた姿見が寝台の上の俺の姿を映す。
褐色の肌に緋色の瞳。髪に既に色はなく限りなく白に近い灰白の色がそこにあった。

 

もともと俺はエテーネと呼ばれる辺境の寒村で生を受けた。
エテーネはレンダーシアの内海に浮かぶ島で、文明の流入を拒絶することで、緩やかな大河のように流れる悠久の時の中で、つつましくも平和な生活を保っていた。
幼くして両親を失った俺を、深い愛情でわが子同然に育ててくれた大ババの長老。面倒見のいい学者肌の幼馴染。何かと言えば俺らのいちいちに小言で皮肉を言うくせに、誰よりも村の子供のことを考えていた爺さんたち。
裕福とは言えなくとも、満ち足りた毎日がそこにあった。

 

その全てがある日突然失われた。
禍々しい紫の雲が上空を覆い、落雷が驟雨のごとく降り注いで村中を焼いた。落雷は大地を蛇のように這って刈り草を焼き、家屋を炎が包み込んだ。
樹木は瞬間的に幹の中の水分を蒸発させ、三百年を生きた巨大な古木が一瞬で爆ぜる。人は生きたままわけも分からず劫火に焼かれ、周囲には肉が焦げるイヤな匂いが立ち込めた。
思い返すたびに吐きそうになる。悪夢がまさにそこにあった。

全身を劫火に包まれ、世界が黒と赤、最後に白で覆われたところで俺の記憶は途切れている。
次に気がついた時には見慣れぬオーガに姿を変えられていた。のちに賢者のジジイが教えてくれたことだが、神世の時代からこの血に流れる呪いの一種がネルゲルの魔力に反応していわば不死の生命を宿すことになったらしい。
自身の肉体を破壊され、魂の憑代を失っても、それに適した血肉を求めて魂が転生を繰り返すらしい。全く迷惑な話だ。

 

オーガに身を宿したのは、人間としての俺の肉体が修復するまでの仮初の憑代として、その体が適していたということらしい。
その呪いの代償として、俺の瞳と髪はその本来の色を失った。褐色の瞳は紅蓮の緋色を宿し、黒髪は燃え尽きた灰の色になった。ジジイの指し示す道を歩み、やっと己の肉体を取り戻したと思ったが、ようやく取り戻した肉体は既にかつての自分自身とは非なるものになっていたというわけだ。

 

当時、俺と同じくエテーネの島で劫火に身を焼かれた多くの人たちも、それぞれ何かを無くし、不死の呪鎖に繋がれているのだと聞く。

悪夢の元凶ネルゲルを天空を浮遊する古城で倒した時には、これで全てが終わったと思った。この体を蝕む不死の呪いも浄化されると。
だが現実には俺はまだ緋色の瞳と灰白の髪のまま、今もこうして暮らしている。

 

ネルゲル亡き今も、忌まわしき古城は天空を浮遊し、まだ時折冥王討伐の報を耳にする。

冥王もまた不死の肉体を手にしているのかもしれない。
その呪いの連鎖を絶つまでは、どうやら俺はこの忌々しい身体から解放されることはないようだ。

勇者姫アンルシアの覚醒を経て、ようやく魔王マデサゴーラ討伐への足掛かりを手に入れた。
だが、マデサゴーラ討伐が真に呪いの浄化に繋がるのか。それはまだ何もわからない。
わからないけれど、この歩みを止めるわけにはいかない。

 

この呪いの旅路がどこで終着を迎えられるのかはわからないが、踏み出した一歩分は確実に終わりに近づいているはずだ。

 

俺は短く息を吐いた。
吐くことで肺に朝の新鮮な空気が取り入れられる。穏やかな陽光を身に受けて新たな一日が始まろうとしていた。

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